気候変動と町並み:CIVVIHシンポジウムから
更新日:4 日前
ICOMOSを構成する組織のひとつCIVVIH(歴史的都市・町および集落に関する国際委員会)の総会とシンポジウムがトルコのカッパドキアで開催されたので出席してきた(9月5~8日)。コロナ明けの久しぶりの本格的大会なので、ぜひ出席せねばと重い腰をあげた。テーマは「地中海地域の歴史的都市と集落における気候変動」。ほかに、60年目を迎えたヴェニス憲章(1964年)もサブテーマとして取り上げられた。倉敷の中村さん、鞆の松居さんの助力を得て「瀬戸内海沿岸の保存地区における気候変動の影響と適応」というスライドをまとめ発表してきた。2018年の西日本豪雨で被害を受けた倉敷と竹原、高潮対策の防潮堤で揺れる鞆の浦を取り上げた。
鞆の場合はともかく、日本では歴史的な地区に特化した気候変動対策は未だとられていない。日大グループの調査によると*重伝建地区の30%が浸水想定区域にあるということだが、一般的な市街地も30%近くが浸水想定区域にある。豪雨による浸水対策は、あまねく行われなければならない、むしろ歴史的な市街地は、戦後に拡大した市街地より比較的安全な場所に立地しているというのが、私たちのこれまでの経験である。では、ほかの国はどのような対応が図られているのか、知りたいと思った。
*星知里・今村勇紀・畔柳昭雄・菅原遼:重要伝統的建造物群保存地区における水害リスクに関する調査研究,令和4年度日本大学学術講演予稿集,日本大学,pp.569-570, 2022. https://www.cst.nihon-u.ac.jp/research/gakujutu/66/pdf/J-38.pdf
気候変動については、ICOMOSが2019年7月に「私たちの過去の未来:気候変動対策におけ文化遺産の管理:遺産と気候変動の概要」という報告書を公にしている。2022年にはICOMOSとIPCCが共同で「文化、遺産、気候変動に関する世界的な研究と行動計画」をまとめた。日本では、文化遺産国際協力コンソーシアムが、2022年10月23年に「気候変動と文化遺産:いま、何が起きているのか」というシンポジウムを開催し、その記録が公にされている。
シンポジウムでは、15か国から21題(リモートを含む)の発表があった(プログラム)。気候変動の影響の現状、そのためにとられている行動など多様な内容が各都市から報告された。発表の、要約、テキストおよびスライドは、まもなくCIVVIHのサイトに掲載されるが、ここではいくつか気になったものを紹介しておこう。
強烈だったのは、ヤスミンさんの「エジプトの沿岸歴史都市のブルガダ」。ナイル河口のデルタ地帯にあるアレクサンドリア、ポートサイド、ダミエッタ、ロゼッタが水没の危機にあり、その状態を、心臓は正常であるものの突然死に至るブルガダ症候群になぞらえた。これら地域では、都市化による農地の侵食が気候変動の影響を激化させることが懸念されている。誰も気づかないうちに死ぬという最悪のプロセスにならないよう、気候変動の影響を予測し、それを人々が共有し、備える必要があると訴えた。
エジプトを含め、気候変動を見据えた調査や計画づくりが各都市・地域で進められている。ギリシャのエレニさんは、コルフ島で、専門家が集まり、脆弱性評価分析を行い(リスクを特定し)、旧市街の回復力を目指す必要な適応政策と戦略を都市計画や町並みの管理計画に反映させる作業が進められているという報告をした。ドイツのミハルさんは、ヨーロッパの複数の都市が連携して、歴史地区のマネジメントを災害リスクマネジメント(DRM)と統合する試みを行なっていることを報告した。リトアニアの首都ヴィリニュスに、18都市が集まって、①体制を整える、②脆弱性とリスクを評価する、③対策を特定する、④対策を評価して選択する、⑤対策を実施する、⑥監視、評価、学習プロセスを確立する、という6ステップをたどるワークショプをおこなった。下はその報告書:
フレームワークの議論に対して、具体的な対応策として、イタリアの二人が都市緑化をとりあげた。フィレンツェ大学のディミトラさんは、傷つきやすい歴史的環境では、都市の緑化は、ポケットパークやウオーターフロントをつないで、緑のネットワークを形作ることが、文化遺産と自然をつなぎ、持続可能で、住みやすい場所を実現する。HULをマネージする都市計画やアーバンデザインの原則を取り入れることで、単に樹を植えるのではなく、歴史的環境に積極的な影響を与えることができると力説した。
開催地トルコからは、昨年2月のトルコ・シリア大震災が取り上げられた。地震は気候変動と直接の関係はないが、トルコだけで5万人を超える死者を出したこの大震災には、気候変動による被害はすっかり霞む。また、パレスチナのシャディさんは出席がかなわず、リモートによる発表となった。
思えば、それぞれの地域の自然を基盤に、長い時間をかけて形成されてきた歴史的地区を保存することは、気候変動への緩和策(mitigation)となるはずだ。それでも町並みにダメージが与えられる場合は、適切な対応策(Adaptation)が必要になる。フランス・ニームのアントワーヌさんは、その「遺産エコシステム」を読み解き「生物気候学的および生態学的アプローチにもとづく都市計画」を組み立て共有していく必要を訴えた。
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会場は、トルコ・カッパドキアのシナソス(ムスタファパシャ)という町にあるカッパドキア大学。会議は教室、宿舎は寮、食事は学食。シナソスは、観光客で賑わうユルギュップの南にある小さな町。校舎は町の古い建物を活用しており、町全体がキャンパスになっている。その本部のホールに大津事件を描いた壁画があった。ロシアからの参加者・セルゲイさんにこんなものがあるぞと連れて行かれた。大津事件は、1891年に日本訪問中のロシアの皇太子・ニコライ二世が、警備の警官に切り付けられた事件である。なぜ、ここに? わけは下記のサイトで教えてもらった。
このサイトによると、建物は1892年にギリシャ人の豪商によって建てられた。ロシアの皇太子の訪日には、ギリシャ王国王子・ゲオルギオスも同行しており、犯人を制止したのだという。壁画は、パリの新聞に掲載された絵をもとにして描かれたようだ。1923年のギリシャとトルコの住民交換で、ギリシャ人は去り、この建物は大学になるまでホテルとして使用されていたという。
カッパドキア大学は、職業訓練学校をもとに2017年に設立された新しい大学。いくつかの町にキャンパスが分散するが、本部のあるシナソス・キャンパスはまちなかの歴史的な建物で構成されており、新しい建物はない。
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