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福川裕一

第47回全国町並みゼミ東京大会のプレイベント第一弾:長屋・路地の再生をめぐり、先駆地・大阪と京都で東西交流

更新日:11月11日

 5月25日土曜日、2024(令和6)年度の全国町並み保存連盟総会を大阪で行い、あわせて町並みセミナー「大阪と東京の長屋を考える」を開催した。翌日は京都へ移動。京町家再生研究会が取り組んできた町家群再生プロジェクト・もみじの小路とあけびわ路地を見学の後、セミナー「路地再生・京都の場合」を開催した。いずれも、10月26、27日に東京・京島で開催する第47回全国町並みゼミ東京大会のプレイベントとして実施した。東京大会の会場となる京島で取り組まれている長屋再生は、これまでの町並みゼミではあまり正面から取り上げてこなかった課題である。大阪は、その長屋再生で一歩先を行く。町並みゼミ本番をより実りあるものするため、長屋再生をテーマに事前の交流を行い、今なぜ長屋なのかを考えた。


 大阪の会場は「大阪すまいの今昔館」のある大阪市立すまい情報センター。「今昔館」は、江戸時代の大阪の町並みを原寸大で再現した展示で知られる人気のミュージアムである。セミナーでは、「今昔館」の設立に最初からかかわり、初代館長をつとめた、谷直樹・大阪公立大学名誉教授に「大阪長屋の成立と特色」と題して講演をしていただいた。続いて、後藤大輝・八島花文化財団理事長が「東京長屋の成立と継承:墨田京島を事例として」を発表、はじめて東西の長屋再生が出会った。谷先生からは、長屋が際立つ大阪の歴史とともに、大阪市立大学が取り組んできた長屋の再生と活用をめぐる活動まで詳しく講義していただいた。

*谷先生と後藤さんの講演の要旨は、中尾嘉孝さんのフェイスブックでご覧いただけます:https://www.facebook.com/yoshitaka.nakao.75/posts/7718870984859889

講演の後、質疑に答える谷直樹・大阪公立大学名誉教授(左)と後藤大輝・八島花文化財団理事(右)


 セミナーに先立ち、長屋を改修したオシャレな店舗が点在する中崎町のまち歩きとすまいの今昔館の見学を行った。10時半にすまい情報センターの一階に集合、綱本琴さんの引率で、中崎町へ向かった。センターから中崎町まで道すがらにも、次々と連続建の町家(=表長屋)が現れる。大阪が長屋の町であることを実感した。中崎町は、梅田駅から徒歩10分という位置にあり、この日も、そこここのお店にスマホを手にした人びとが集まっていた。

長屋と高層マンションが入り混じる中崎町


 今昔館は、館長の増井正哉・京都大学・奈良女子大学名誉教授に案内していただいた。今昔館に再現されている町並みにも、二戸建の表長屋と裏長屋が含まれている。各店頭には、宝船・獅子などのゴージャスな夏祭之飾の造り物が。季節によって設えを変えるなど、愛おしみの溢れた展示にぜひまた来たいと思う。


 谷先生によれば、商人の町といわれた大阪だが、江戸時代、家持ちの商人は人口の数パーセントにとどまり、大多数が借家人で、長屋建築こそが彼らの住まいであったということだ。近代になってもその伝統は受け継がれ、明治・大正・昭和戦前にかけて拡大した市街地に大量の長屋が建設された。この頃になると長屋に対する建築規制が始まり、路地に面する裏長屋でも一定の質が確保されるようになった。ずいぶん立派な長屋も建てられるようになった。大阪市立大学が、2005(平成17)年以来、学生も参加しながら保存・耐震化を含む改修に取り組んできた豊崎長屋は、大正10〜14年にかけて、所有者の主屋とともに北野佐藤町(現在の梅田あたり)から移築・整備された長屋群である。

*すまいである豊崎長屋は普段は公開されていない。下記の書籍でプロジェクトの全貌を知ることができる。素晴らしい写真と図面が満載: 谷直樹・竹原義二編著『いきている長屋:大阪市大モデルの構築』2013年、大阪公立大学共同出版会


 同じ頃、東京でも、1923(大正12)年の関東大震災後に市街地が墨田区の水田地帯へ拡大。その中心・京島には、たくさんの長屋が建設された。西山夘三先生は「長屋建の住宅が圧倒的な比重を占めているのは阪神地区だけで、その他の都市ではさほでもないことを注意しておかなければならない」と指摘されているが(『日本のすまいI』p.76)、こと京島については状況が異なったようである。ただし、長らく改善が必要な木造密集地帯でかつ低未利用市街地と見なされてきた京島では、長屋を保存・活用する動きは、2010年に後藤さんたちが最初の一棟を手がけるまで待たなければならなかった。

長屋がつらなる京島(東京都企画調整局『墨田区京島報告:地区計画への試論』1974.11より)


 この間、大阪では、2003年に寺西家阿部野長屋(1932、昭和7年)が長屋としては初の国の有形文化財に登録されたのを皮切りに、2008年に豊崎長屋、2013年に西川家長屋(1910、明治43年)、2018年に北浜長屋(1912、大正元年)が登録有形文化財となった。


 このうちの龍造寺町にある西川家長屋を見学することができた。地下鉄で谷町筋6丁目駅へ移動、町家(長屋)とビルが入り混じる町並みを抜け、路地をまがると、少しピンクがかった二階の壁と窓の手すり、そして一階の出格子が印象的な6戸長屋が現れた。現地では、所有者ご夫妻、大阪市都市整備局住宅政策課の若井課長、山内係長が待機しておられ案内していただいた。令和4年度に、大阪市地域魅力創出建築物修景事業の補助を活用し、庇の歪みを直し、瓦を葺き替え、外壁を塗り替えるなどの修景が行われたということだ。

*大阪市のサイトにこの修景事業についての紹介があります:https://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/page/0000560072.html

西川家長屋


 貸しスペースとして運営されている銀杏庵を見せていただいた。内部は釣り床をはじめさまざまな工夫が凝らされており、庭には灯籠まで。とても快適そうに見えた。HOPEゾーン事業(2017まで)、生きた建築ミュージアム事業をあわせて「建築物等を活かした都市・地域の魅力創出:大阪市の取り組み」として紹介するパンフレットをいただいた。担当が住宅政策課というところに大阪の独自性を感じたが、私の早とちりだろうか。


 大阪では、2011年から「オープンナガヤ大阪」が開催されている。日を決めて長屋を公開するイベントだが、2023年のガイドブックを見ると参加した長屋の数は30に及ぶ。大阪では長屋を活用する動きがどんどん広がっているようだ。

*オープンナガヤ大阪のサイト:

藤田忍『長屋から始まる新しい物語 住まいと暮らしとまちづくりの実験』 (文化とまちづくり叢書) 2023年、水曜社


 なお、東京でオープンナガヤに類するイベントあげるとすれば、「すみだ向島EXPO」がある。2020年から開催されており、今年は10月5日から11月3日まで。つまり、町並みゼミ東京大会もこの会期中に開催される。私たち全国町並保存連盟も期間中、長屋を一軒借りて、展示やイベントを行う計画である。


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 翌日は日曜日。朝10時、京都のもみじの小路に到着すると、松原通側にある「ウィークエンダーズ・コーヒー・ロースタリー」には、行列ができていた。平日は焙煎所で、土日だけコーヒーが提供される。店内に座るとことはわずかしかなく、お客は、塀を取り払って整備された共用の中庭に思い思いに居場所を定めてコーヒーを味わう。

もみじの小路の共用の中庭。名前の由来となった紅葉が枝を張っている


 もみじの小路とあけびわ路地は、通りを挟んで隣り合う。所有者ご夫妻の依頼を受けて、2014(平成26)年から2022年まで、京町家再生研究会が取り組んできた町家群再生プロジェクトである。まずあけびわ路地の6軒を住宅として改修、続いてもみじの小路の9軒を事業用として再生した。2021年11月に開催された全国町並ゼミ奈良大会の、町並み保全の制度をテーマにした第一分科会で、小島富佐江さんが、制度の整備にもかかわらず多くの町家が失われる中、行政や消防と連携した成功事例のひとつとして報告されていたことが記憶にのこる。

*あけびわ路地については、京町家NETのサイトに、プロジェクトの経過や居住者へのインタビューなどいろいろな記事があります。下は、2016年9月、2018年1月付の経過に関する記事です:

もみじの小路は3つのトンネルで通り抜けを可能にした。


 もみじの小路とあけびわ路地を構成する建物は、松原通に面する一軒とあけびわ小路の一軒を除いて建物はすべて長屋である(もっとも構造は別でもほとんど隙間はない)。しかし京都では、長屋も京町家であり、午後のセミナーでクローズアップされたのは「袋路再生」だった。

*京都市京町家の保全及び継承に関する条例(平成29年)は、京町家を次のように定義している:「建築基準法の施行の際現に存し,又はその際現に建築,修繕若しくは模様替えの工事中であった木造の建築物であって,伝統的な構造及び都市生活の中から生み出された形態又は意匠(平入りの屋根その他の形態又は意匠で別に定めるものをいう。)を有するものをいう。」一戸建てか連続建てかは問わない。なお、建築基準法の施行の際とは1950(昭和25)年である。


 午後、ひと・まち交流館で行われたセミナーでは、まず、建築家である内田康博・京町家再生研究会理事長から、もみじの小路とあけびわ路地のプロジェクトについて丁寧な説明をいただいた。そのプロセスは、建物本来の間取りや構造を活かすという大前提を守りつつ、事業計画と資金調達、避難や安全性の確保、テナントの募集とマネジメントまで、複雑なパズルを解くようだ。


 続いて、北山和代・京都まち再生・創造推進室、京都町家保全継承課長から、京都市の町家を保全・継承する政策の中でも「連担建築物設計制度を活用した袋路再生」に焦点をあてた説明をいただいた。おふたりの講演は、もみじの小路II期の整備で、最奥の袋路に面する三軒に当初計画していた事務所や工房ではなく、飲食店が入ることになって、急遽建築基準法上の手続きが必要になり、その隘路を連担建築物設計制度で切り抜けたという点でつながっている。


 連担建築物制度は、既存の建物を含む複数の敷地を一体として合理的な設計を行う場合、特定行政庁の認定によりひとつの敷地とみなして、接道義務、容積率制限、建蔽率制限、斜線制限、日影制限等を適用できるという制度である。つまり、接道していない路地奥の敷地も、道路沿いの敷地と一体とみなして建築ができるようなる。もみじの小路は、10軒の建物が建つ3つの敷地をひとつの敷地として扱う認定を京都市から受け、奥の3軒の敷地が接道していないという問題を回避したのであった。もちろん、この認定を受けるために、ハード・ソフト両面から、さまざまな防災や避難の措置を講じる必要があったということだ。


 北山さんによれば、京都市内には幅4m以下の袋路が4330本もある。これら路地に面する建物は、特別の措置を講じない限り、建て替えはもちろん、一定規模の改修も困難である。京都市は、1999(平成11)年の建築基準法改正で連担建築物設計制度ができたときから、この制度を袋路再生に活用できるよう認定の基準を設けてきた。ただし、従来の基準は、一定の基準で協調建て替えを行えば、3階まで可能にするという言わば「高度利用型」。これに対し、2022(令和4)年度に「小規模建築物認定基準」を追加、二階建て以下に限定して、通路の幅などの条件を緩め、路地の風情を継承しながら「修復型路地整備」が可能になった、というのが北山さんの報告の趣旨だった。ややもすれば、都市の建て詰まりを招くと批判される連担建築物制度だが、このような形で展開していることに目を見張った。どんどん進化する京都の制度からは目が離せない。東の方からは、京都市の積極的な取り組みを羨む声があがった。

令和4年度に追加された小規模建物認定基準(「京都市連担建築物設計制度<袋路再生>取扱要領・解説版」 令和4年4月14日改訂より)https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000263905.html


***

 大阪の長屋再生と京都の袋路再生。両者は表裏の関係にあるのだと思う。長屋が評価されるのは、隙間なく続く建物がコミュニティの場となるポジティブな外部空間を創り出すからである。接地型住宅で、一軒一軒の出入り口がそこに開いていることも重要なポイントだ。逆に、外部空間がポジティブであるためには、隙間なく建物に取り囲まれていることが必要だ。壁を共有した長屋でなく、一戸建ての町家でも良いが、隙間なく続く長屋の効果は絶大である。さらに、長屋は、土地を有効に使え、高密に住宅を配置することができる。壁を共有することで材料も節約できる。長屋住宅は、鉄やコンクリートで建物をつくるようになる以前は、とても合理的な形式であったのだ。イギリスの町並みを構成する、連続建の「テラスト・ハウス」も同じ理屈から生まれたものであった。


 「戦前まで、都市住民の大多数を占める中層以下の借家人階層に対する住宅の主要なタイプであった長屋住宅は、第二次世界大戦後は大きく後退した」(西山夘三『日本のすまいI』p.76)。代わって、主流となったのは、木賃アパート、戸建て住宅、そしてマンションである。この二日間の経験でふと頭に浮かんだのは、この流れを逆転して、再び長屋(=タウンハウス、テラスハウス)が主流になるべきでないかという妄想だ。


 京島では、ハウスメーカーが、小さな敷地いっぱいに戸建て住宅(多くは三階建て)を建てる建て替えが進んでいる。その数は、後藤さんたちの手がける長屋再生の4倍に及び、地価を押し上げているということだ。しかし、このような戸建て住宅がが本当に町にとって望ましい開発といえるのだろうか。壁を共有して面積を節約し、通りや路地をつくりだす長屋の方が、「都市を造る住居」としてはるかに合理的で健全に思える。人口が減少し、まちなかがスカスカになる中で、高層マンションにどれほどの合理性があるかも疑問だ。工業製品である鉄やコンクリートなどの建築資材の高騰が続いている。サステナブルな資源である木を使って長屋をつくり、町並みを作り、ポジティブな外部空間を生み出す方がはるかに理にかなっていないか。長屋再生は、歴史的な建物を再生するだけでなく、これからの都市の再生の切り札になるかもしれない。

*「都市を造る住居」は、香山壽夫先生の著書のタイトルです:

香山壽夫『都市を作る住居—イギリス、アメリカのタウンハウス』丸善出版、1990

*長屋3階建は、容積率200%が可能です。容積率200%は、マンションなどでも、自分以外の敷地に依存しない場合の上限です:

福川裕一・青山邦彦『ぼくたちのまちづくり4:楽しい町並みをつくった』岩波書店、1997


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 この有意義な見学・セミナーは、大阪については理事の綱本琴さん、京都については丹羽結花さんのコーディネートで実現しました。この場を借りてお礼申し上げます。


 なお、第47回全国町並みゼミ東京大会のプレイベント(町並みセミナー)は次回は、7月25日(木)18時から、横内基・国士舘大学教授による「町並みの防災について考える」です(オンライン)

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