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  • 福川裕一

インタビュー・シリーズ❸ Uターンした施設開発のプロが、当事者としてまちづくりに取り組みはじめた:若狭熊川の宮本哲男さん、永江寿夫さん、時岡壮太さん

 各地で歴史まちづくりに取り組む方々へのインタビュー・シリーズの3回目。全国町並み保存連盟では「集落・町並み憲章」の解説本の作成をあたり、18ある節のそれぞれに、もっともふさわしい活動をされている団体へのインタビューを載せるという方針で編集を進めています。解説本では、原稿量も限られ、刊行も少し先になるので、インタビューが終わり次第、なるべく全文を公開していきます。三回目は、福井県若狭熊川のみなさん。憲章第15節「15. 町並み保存にかかわる建築家ほか、関連学会との協力および要請」に関連して、お話をうかがいました。この節は、今読むと少々紋切り型で、結果的に、まちづくりにかかわる専門家の今をお届けすることになりました。インタビューは、2023年6月20日に若狭熊川の「街道シェアオフィス菱屋」のお座敷でおこないました。


15. 町並み保存にかかわる建築家ほか、関連学会との協力および要請  日本では、建築家が周辺環境と無縁の建物を建てて来たという指摘がある。建築家には、建てようとする建物の周辺についての深い洞察がもとめられる。近年、伝統的な建物の特徴を評価・活用し、町並みの特性を考慮した建物の事例が増えつつあり、こうした地域文化に根ざした建築家の活動を私たちは歓迎し、彼らと連帯する。  都市計画家には、地域の歴史が断絶しないように計画を作成する義務がある。  住宅供給を主とする各種企業にも、歴史的町並みの特性を尊重するという資質がもとめられる。  歴史的町並み保存にふさわしい建物の設計、都市計画・地域計画について、関連諸学会・諸団体に対し、協力しあって探求していくことを呼びかける。

最初にお話を伺ったお3人を簡単に紹介します:


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Q:時岡さんたちが「これから会社を熊川へ移します」と、全国町並み保存連盟の事務所へご挨拶に来ていただいたのが2018年の2月でした。この菱屋へ事務所を構えられたのですね。


時岡:「街道シェアオフィス菱屋」と言います。菱屋さんは、江戸中期から鯖街道の物流を支えてきた問屋さんです。建築は明治元年だそうです。熊川へ移るにあたり、自分のたちの居場所を作らんと思って探し始めたら、当時の町長さんが菱屋さんから相談を受けておられて、「どうや」と巻き込んでいただいたような感じで紹介されまして、挨拶するうちに、本当にデキてしまいました。工事に入る前に、所有者の方に同席してもらいながら、時間をかけて、家財の選別・掃除を行いました。

 街道沿いに大小ふたつの棟が並ぶ大きな町家で、大きい方は、一階をミーティングやワークショップのスペース、二階をオフィススペースとし、私たちを含め3社がシェアしています。小さい方には、東京蔵前のカフェ&ロースタリ・ソルズコーヒーに出店してもらいました。大阪にお住まいの所有者さんが帰省のおりに泊まる部屋もつくってあります。


Q:時岡さんはこちらのご出身でしたね?


時岡:隣のおおい町の出身です。東京で、築地場外市場や宮城県気仙沼市の施設開発に関わっていました。大学で田舎の研究してたもんで、やっぱり帰りたいなって。機を伺っていたときに、東京へ出向されていた若狭町の職員さんと仲良くなって、飲み会をやったりしてたんですが、永江さんを紹介していただいて。


Q:それで菱屋を。もうコンサルタントではなく当事者になったのですね、そこを拠点に、町家を改修した宿泊施設に取り組み始めた。


時岡:移転にあたり会社の業態もシフトさせています。宿泊施設だけでなく、農産品を活かしたプロダクトや地域文化を体験できるサービスを開発・提供する事業も進めています。「文化資源をいかし、地域経済の循環をつくる」がミッションです。

 宿泊施設は「八百熊川」と名付けました。八百万の神の八百。こういう時代ですからちょっと神聖な感じを味わってもらおうと思って。空いてる家を1軒1軒交渉させていただいて、借りて、直して。先日(2023年3月)3棟目の「やまね」がオープンしたところです。こ菱屋の入口にフロントを置いて、泊まる方は、初めにここに来ていただきます。村のルールを説明して、鍵をお貸しします。

Q:先ほど、その「やまね」を見せていただきましたが、建物はもちろんだけど、家具調度から食器のひとつひとつまで、選び抜かれているのにびっくりしました。



時岡:建築家冥利に尽きるというか、こういう仕事はとても楽しいです。熊川には夕飯を出しているお店がないので、調理器具一式を整えてあります。さらに、地元のお母さん方のチームやおもてなしの会と一緒にメニューを開発して、7時になるとお母さん方が部屋に入ってきて、お膳を並べて、地元の食事の説明をしてくれるっていうサービスをしています。

 これ大人気で、海外の方に大ウケしてます。お母さんたちは、この間もドイツ人に対して日本語で喋り切りました。朝ごはんは、お粥セットが用意してあって、自分で炊いていただきます。はじめは面倒くさいと思われる方も、やると楽しくてですね、古民家で料理してる俺が好きみたいな世界ですよね、それが思い出になる。


永江:おもてなしの会は、旧逸見勘兵衛家住宅で喫茶店や宿泊施設を運営してるグループです。旧逸見勘兵衛家住宅は熊川で最初に修理された建物です。1992年に壁が崩れて応急的な修繕をしたのですが、その後「古き町家に新しく住まう」をテーマに建築家の吉田桂二先生にモデルハウスとして設計していただき、1998年に完成しました。


時岡:熊川は、1980年代から歴史まちづくりに取り組んでこられた。私たちは、河合さん*や永江さんがしっかりと町並みを綺麗にしてくださったところに入らせていただき、宿をやらしてもらっている、そういう感じです。空き家活用の取り組みも、私たちが菱屋を手がけるだいぶ前から本格的に始まっていた。

*まちづくり特別委員会発足以来、2015年まで会長をつとめた河合健一氏


永江:熊川の町並み保存は、「若狭熊川宿まちづくり特別委員会」という住民組織が中心になって進めてきました。この組織は、もとをたどると町並み調査を契機に1981(昭和56)年に発足した「熊川宿町並みを守る会」です。その後、1983年に「熊川宿町並み保存特別委員会」と名前を変えて重伝建地区を目指すのですが、なかなか一歩が踏み出せないでいた。重伝建地区実現へ動いたのは、1995年に組織名を「若狭熊川宿まちづくり特別委員会」へ改め、河合さんが会長になってからです。重伝建地区を目的ではなく、まちづくりの手段としてとらえると考え方を変え、住民を牽引した。実に多様なソフトのまちづくりを展開してきました。いっぷく時代村の開催、てっせん踊りの80年ぶりの復活、白石神社祭礼山車の復活・・・。特に、いっぷく時代村は、毎年創意工夫を重ね、秋の一大イベントに成長していますが、コミュニティを深め人を育てる、とても大きな役割を果たしています。綺麗な町並みは、このような、すみよいまちづくりを目指す文化活動やコミュニティ活動と表裏で実現したものです。各方面から評価をいただいている「熊川防災まちづくり計画」も、その流れに位置付けられます。


宮本:空き家有効活用もそうです。2010(平成22)年に地域全体で本格的な取り組みが始まり、2012年にまちづくり特別委員会に空き家対策部会が設置され、河合会長から部長を命じられました。ただ、時岡さんたちのプロジェクトは、熊川宿の空き家の多面的活用のスタートであり、シェアオフィスを皆で盛り立て、成功事例として他の空き家活用のお手本になるのではと期待しとるんです。観光客でない、ビジネスマンやオフィスレディが熊川宿の空き家を活用して仕事をする新しい時代の始まりと考えています。


Q:その2010年頃のことを教えていただけますか。


宮本:当時、町並み整備が進んで来たんですが、一方で、空き家・留守宅が140軒中40軒近く、1/3に達するという事態に至りました。立命館大学政策科学部高村学人教授とゼミの学生さんの協力を得て調査を行い、提案をいただいて、いろんなことを始めました。ワークショップ、フォーラム、移住希望者向けガイドブックの作成*、住まい探しまち歩き、空き家所有者との面談。すぐに成果には結びつかなくても、いろんなことがわかりました。古民家を求められる方は家財道具にも興味を持っており、あえて整理しないまま見ていただく方が喜んでいただけるとか、空き家所有者は熊川宿が重伝建地区であることをあまりご存知ないとか。2016年からは、ホームページで詳しい空き家情報の掲載を始めました。

*『熊川宿暮らしのガイド:新たに生活される方へ』(2013)、2016年に増補第二版


永江:ガイドブックが秀逸です。最初はなかったが、必要に迫られすぐ作った。宮本会長の実行力に敬服しています。

移住や出店したい人向け:https://kumagawa-juku.com/syuten.html

建物の所有者向け:https://kumagawa-juku.com/katsuyo.html


宮本:最初に熊川へ移住した新野君に面接した時、伝建地区のパンフレットしかなかった。住もうとか、店を出そうと思う人に随分失礼なことをしたと。それで作ったんです。暮らしの情報、区の組織、伝建制度など、熊川での生活に必要な情報を、見開きでわかりやすくまとめてあります。伝建地区ということもあり、封建的と思われるかもしれないけれど、実は寄せ集まりの集落で、古いしきたりも無く、気楽に付き合えると共に、イベントも多く生活も楽しいということを訴えています。

 その新野君ですが、彫刻師でご家族で移住されたあと、忍者道場をつくりたいと建物を探して、2020年に上ノ町にオープンしました。日本最後の忍者・甲賀流伴党第二十一代宗師家の川上仁一さんが顧問をつとめる道場です。


Q:こういう情報を見た人は、まず宮本さんと相談することになるのですね。


宮本:たくさんの人に見に来てもらいました。購入希望者は、定年後の生活目的から、熊川宿の特徴を活かしたお店としての営業など多岐にわたっています。

 購入の場合、土地建物は数百万円ですが、外観の修理、構造補強、内装設備などに何千万円か必要になります。補助金を活用しても、ふつうの定年退職者の方にはなかなかハードルが高い。町家を商品の展示に使って、販売はWEBでも行う、八女福島のうなぎの寝床のようなお店が可能性が高い。


Q:所有者の方への働きかけも抜かりなく。


宮本: 空き家があったら、まずよく調べて、所有者の方とお会いします。そのとき『暮らしのガイド』がとても役に立ちます。懐かしい話についつい脱線しながらも、腹を割ってお話し、信頼関係の構築につとめます。Uターンを勧めたり、今後の計画をお聞きして賃貸や売却を慫慂します。所有者のニーズを聞き取っていると、時間はかかるものの希望者とマッチングさせることができる。空き家対策の一丁目一番地は、所有者とのコミュニケーションだと思い至りました。所有者が提供しなければ空き家対策は進みません。2020年には、建物所有者向けのガイドブックも作りました*。マスコミがこぞって取り上げてくれました。

*『熊川宿 空き家の活用ガイド〜空き家・留守宅をお持ちの方へ』


Q:すごい。役所の空き家対策ではとてもできそうもないレベルです。


宮本:悲壮感をもって取り組んできましたから。今日までに、21軒の空き家の活用が図られました。売買等により所有者が変わったお家が7軒。内訳は、住居3軒、店舗等4軒です。それから賃貸により活用方法が変わったお家が13軒。これには店舗6軒のほか、時岡さんたちのシェアオフィスや古民家ホテル、忍者道場が含まれます。そして所有者Uターンが1軒。でも、空き家も増えるから、空き家の総数はほとんど変わっていません。


Q:数が減っていないというのがすごいと思うけど。


時岡:確かに活用は進んできたんですが、同時に空き家がまた増えてるなというのが体感です。イタチごっこみたいな、空き家の発生が続いています。

 そんな中で、僕らがやったことは、エリアのイメージを変えたことなのかなって。というのは、熊川は40年以上の町並み保存活動で、町並みが本当に綺麗に整えられいて、文化意識がすごく高い町だと思われている。若い人は、なんとなく商売しちゃ駄目なんじゃないかと思って、なかなか入り込めない。そういう先入観を、何か力を入れずにやってるヤツがいるぞみたいな感じで、少しは払拭することができたんではないか。


宮本:これからは、まちづくりを行うことが生業づくりになり、若い人が働いて暮らせる町にしなければなりません。これまでのように、定年退職者やサラリーマンが余暇を使ってボランティアでまちづくりを続けることには限界があります。「握りこぶしからおにぎりへ」をスローガンに若い方が働いて暮らせる町を作りたいと考えています。最初に言った通り、「菱屋」はその転換点、新たな発想のスイッチを入れるきっかけなると思っています。


時岡:実は、空き家が40軒あるといっても、その全部が使えるわけじゃないです。使えるのが本当に2軒か3軒かの世界では、宿を増やすこともなかなか難しいし、使える建物も全部宿にしちゃ駄目ですね、レストランもいるし、お店もいるし、移住者もいるしってなると、バランスを見なきゃいけない。

 こういう量的限界は、農産品を活かしたプロダクトの生産でもすぐ直面します。たとえば、山内カブラ種を使った粒マスタードとか、葛の葉っぱのお茶とか、作れば売れるけど、原材料に限界があります。


永江:熊川宿が目指してきたのは、商品的観光地ではなく、暮らしの場所として伝統との共存です。伝統的建物に住み続けて、いかに豊かに暮らしていけるか。この気持ちに共感共鳴していただければ、この町以外の方でも「どうぞお訪ねください」という開かれた気持ちでお迎えししてきた。以上は、2004年に定めたまちづくり憲章に書かれていることですが、その根底にあるのは「みんなのためのまちづくり」という考え方です。

 もちろん熊川でも、経済的な自立や持続性は避けられない課題です。観光による交流人口の増加は不可欠です。でも、これを、熊川の商品化ではなく、内発的発展の結果として実現することが必要です。それを、まちづくりマスタープランでは、「まちづくり型観光」と表現しています。一般に使われる「観光まちづくり」は観光によるまちづくりの実践ですが、「まちづくり型観光」にはまちづくりを根底とした観光という意味が込められている。

 時岡さんたちが取り組んでおられるのは、まさにこのまちづくり型観光。熊川の民家を拠点として、ここで仕事をしたいという若い人たちがシェアオフィスを構え、ここから発信している。熊川というステージを単に利用するのではなく、この小さな古き町を深く愛おしむ心根が背景にある。


時岡:僕は建築家なので、初めは、こういう建物を綺麗にして、マニュアルを作って、お客さん呼んでと考えたんです。けど、やり始めて気づいたのは、山村の暮らしの価値っていうのがすごいということです。「すごい癒された」「都会のストレスがなくなりました」とか、教育的価値があるから子供を連れてくるとか、思ってなかった感想をいただくうちに、山村の暮らし自体が価値があるんだなあって。熊川は宿場がブランドなんですけど、それ以前に山村です。山の暮らしもあったんで、そういうのにもっともっと価値も生み出していかなきゃいけないなと思った。それで山の上にキャンプ場をつくっています。河内川ダムの土捨て場を使って、ホテル仕様のキャビン6棟と風呂・トイレ・キッチン完備のオートキャンプサイト12張分を整備しています。


Q:河内川ダムが完成したんですね。2016年の重伝建選定20周年の記念行事*でも、工事中のダムサイト見学が盛り込まれていて、こういうものをまちづくりにどう活かすかを問題提起されていた。

*第4回北信越町並みゼミも同時開催


宮本:伝建地区だけではどうしても、あとの維持をしていくのが難しいということもあって、自然を活用するというようなことを考えていかなあかんということで、テーマにさせていただきました。2017年度の第三次熊川まちづくりマスタープランでも、整備された町並みを有効に活用しながら、ここで生活が出来て、二世代・三世代が熊川宿を離れなくてもよいまちづくり、ということが基本テーマとなった。

 周辺の自然環境も観光として活用できるようにしようということはズッと懸案だったんです。それでまず、中世の山城である熊川城へ登る道をみんなで整備しました。すぐ雨で壊れるので、2016年ごろから検討を始め、2019年に暗渠排水のパイプを足場にする方法で、1ヶ月ぐらいコツコツと。あわせて、「熊川城御城印」「攻城記念缶バッジ」の販売も開始しました。その甲斐あって、城跡の本格的な整備が行われ2021年5月に完成しました。実は、熊川城の最下部は白石神社で、城郭の一部は重伝建地区内にあるんです。

 で、ダムは2019年6月に供用を開始したのですが、熊川城への登山道を延長して、ダム周辺の自然を巡るトレイルを整備し、アドベンチャーツーリズムに取り組もうということになった。熊川トレイルと名付けましたが、若狭駒ヶ岳で有名な高島トレイルへつながります。熊川城もキャンプ場もその拠点という位置付けで整備が行われた。


時岡:アドベンチャーツーリズムの考えでいくと、歴史的なところに泊まってもらって自然を楽しんでもらう。逆に山に泊まってもらって、お昼は古民家で食べるというように、可能性の幅が広がります。山村の量的限界も少し突破できる。


宮本:総務省「ローカル10,000事業」に採択されたのですが、めっちゃわかりやすく新規性・公益性をまとめていただきました。せっかくなので読み上げます:「宿場町の保存・活用を目的としたまちづくりの範囲を、熊川宿から自然豊かな周辺の山里にまで広げ、山間施設と歴史資源を融合させるなど、山間部と歴史エリアの人の還流・経済の循環を生み出し、地域全体に活気を取り戻す取り組みは、中山間にある歴史的街区にとって魅力ある事業となる。」


Q:実は、重伝建選定20周年の記念行事の時は、なぜダムなのかよくわからなかった。今回は得心しました。キャンプ場は、個別の民家再生に比べるとだいぶ規模が大きそうです。開発の体制を整える必要がありますね。


宮本:まちづくり会社として、2011年11月に「株式会社クマツグ(熊川エリア開発法人)」を立ち上げました。まちづくり特別委員会は、なかなか事業主体になれませんから。たとえば、キャンプ場では、クマツグが補助金を含め資金を調達し施設を整備、運営会社である時岡さんの会社に貸し出します。町並みにあって、ちょっと扱いに苦慮していた重量鉄骨の建物も、加工機能付きのイベントスペースとして、クマツグが修景・整備しました。丈夫な建物なので2階にはスポーツジムに入ってもらって、お母さんたちはもちろん、ぼくも通っています。


Q:集落・町並み憲章第15節には、協力・連帯の対象として、建築家、都市計画家、住宅供給を主とする各種企業が挙げられているけど、建築家と都市計画家を時岡さん、各種企業をクマツグに置き換えてみると、その概念じたいが大きく変わりつつあるという想いを強くしました。今日はどうもありがとうございました。


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